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ロシア映画「ボヴァリー夫人」とその背景 映画研究 三浦忠夫
ロシア映画「ボヴァリー夫人」とその背景
映画研究 三浦忠夫
<国際的に評価の高い映画>
この映画を調べてみると、監督のアレクサンドル・ニコラエヴィチ・ソクーロフは、昭和天皇を描いた「太陽」やエルミタージュ美術館を描いた「エルミタージュ幻想」の監督で、この「ボヴァリー夫人」は、第8回モントリオール国際映画祭グランプリ・国際批評家連盟賞受賞や1933年ダンケルク国際映画祭グランプリを受賞するなどなど世界的に評価の高い映画であることが分かる。
<監督について>
監督のアレクサンドル・ソクーロフは、1956年にロシアのイルクーツクの出身で、モスクワ国立映画学校で学んだが、1986年のペレストロイカまで彼の作品は上映禁止の憂き目に合っている。日本で彼の作品が公開されたのは1992年になってからのことである。また、彼の作品は、「僕の村は戦場だった」や「鏡」等の映画で有名なアンドレイ・タルコフスキー監督に高く評価されている。
<映画「ボヴァリー夫人」について>
映画「ボヴァリー夫人」は、フローベル没後130周年を迎えて、監督自らが1989年に作った自作をディレクター・カットした2009年の作品で、出演はエマ・ボヴァリーを演じるセシル・ゼルヴダキ、音楽はユーリイ・ハーニン。
物語は、エマは夢を描いて医者のシャルル・ボヴァリーと結婚するが、凡庸な夫との田舎での生活は単調で退屈。失望したエマはうつ状態になるが、シャルルはエマの状態に気が回らない。そんな時に出会ったレオンとの恋も成就せずに終わる。失意のエマの前に現れたドンファンのロドルフもエマを弄んだだけだ。時を経ずしてエマはレオンと再会し情事を重ねる。逢引などのために浪費を重ねたエマは身も心も荒んでいく。そして最後は砒素を口の含んで自殺を図るが、口は紫色になり、唇は割れ、目は真っ赤になり、娘を抱こうとして名を呼ぶが離されてしまう。そして壮大な葬式。なんと棺はまずマホガニーの棺に死体を入れ、その棺を樫の木の棺に入れ、それを金属の棺に入れて墓場へ馬車で運ぶが、その参列者の多いこと。田舎とはいえボヴァリー家は当地では名家なのが伺われる。それにしてもラストシーンのエマの微笑みは何なんだろう。とても充足している表情に見えた。
<映画「ボヴァリー夫人」の評>
この映画を観た人たちの評は「何かを夢見て、心を熱くするものを求め続けないではいられないボヴァリー夫人の心の叫びは、忘れられない」とか「この小説の登場人物に隠された悲劇性、その現実化した姿が現代社会にはびこっている。これだから名作にはドキッとさせられる」とか「キューリーよりチャタレーよりエマニュエルより、夫人といえばボヴァリー(エマ)が一番面白い」と論評している。
<小説「「ボヴァリー夫人」について>
この映画の元になったギュスターヴ・フローベルの小説「ボヴァリー夫人」は、出版されるやベストセラーになり、ロマン主義的な憧れが凡庸な現実の前に敗れ去る様を、精微な客観描写、自由間接話法を多様した細かい心理描写、多視点的な構成によって描き出したこの作品は写実主義文学の礎となったという。
(以上)
ポーランド映画「アンナと過ごした4日間」(イエジー・スコリモフスキー監)を観て
本作は夜のシーンが多く、監督は、レオンの暗い心の内を表現することを選び、彼の心象風景と合わせて全体的に画面を暗くしている、と語っている。昼間は通りから、夜は部屋の窓からと、レオンはアンナを密かに見張り続けるが、このコンセプトは日本で起こった事件から浮かんだストーリーだそうだ。「日本人の男性が夜中に女性の部屋に忍び込んで、何もせずにただ、数時間彼女を見つめていた」とあった。映画はこれを発展させていったが、すぐに映画にしたわけではなく、数年間温めていた。今回、17年ぶりに映画を作ることになって、この一行を思い出し、ストーリーを膨らませていった、と言う。
そこで気になるのがレオンの行動の可否。彼の行動は理解できなくとも、孤独は理解出来るという意見もあるが…。監督は言う。「そこがまさに映画の主題なんです。レオンは社会的に許されるのか、世間は彼を、彼のモチベーションを許すのかが主題だと思います。彼の欲望は犯罪者的な行為に至っています。社会的にも倫理的にも法律的にも、問題があるとみなされてはいるが、それでも彼の情熱が理解されるのかがテーマでした。果たして、日本の観客はレオンの行動をどう見るだろうか? ぜひとも日本で公開し、その結果を確かめてみたい。」
この映画を観て思い出したのが、昔、ポーランドでアンジェイ・ワイダが監督した1956年の「地下水道」と1959年の「灰とダイヤモンド」とイェジー・カワレロウィッチ監督の1960年の「尼僧ヨアンナ」である。簡単に紹介しよう。
まず「地下水道」。第二次大戦下のポーランドにおける対独ゲリラ戦の一挿話を描いた一篇で、当時三十一歳の若手アンジェイ・ワイダが監督し、多くのポーランド国立映画アカデミーの学生たちが出演した。大変話題になった映画で1957年度カンヌ国際映画祭・審査員特別賞を受賞している。また「灰とダイヤモンド」は、ドイツ降服直後のポーランドを背景に抵抗組織に属した一人の青年の物語で、紙くずが舞うごみ捨て場で殺される主人公のラストシーンが印象的だった。「尼僧ヨアンナ」は、「影」のイェジー・カワレロウィッチが監督し、17世紀の中頃、ポーランドの辺境の寒村で悪魔に取り付かれたヨアンナ尼が、派遣された神父が死をもってヨアンナを救う物語。
1956年から1960年にかけて、上記のポーランド映画は我々に衝撃を持って迎えられた。この二人とスウェーデンのイングマル・ベルイマンは当時、ヨーロッパの異色の映画監督として我々を大いに魅了した。
今回の「アンナと過ごした4日間」は、過去の映画の衝撃を上回るものがある。半世紀も経つと、ポーランドの現実もあのドイツやロシアの占領下にあった緊迫した時代背景はないが、底に流れるポーランド人の人間性は変わってないような気がする。
美術展取材 河口龍夫展 国立近代美術館
河口龍夫(1940年兵庫県生まれ)は、1960年代から今日に至るまで、現代美術の最先端で活躍を続けている作家である。彼は、鉄・銅・鉛といった金属や、光や熱などのエネルギー、さらに化石や植物の種子など、様々な素材を用いながら、物質と物質、あるいは物質と人間との間の、目に見えない関係を浮かび上がらせようという一貫した姿勢で制作を続けてきましたし、今も続けている。(上の写真 「時の航海」2009年)
今回の展覧会は、長年わたる川口龍夫の制作のあゆみを、「ものと言葉」、「時間」、「生命」というキーワードのもとに3つの章で構成し、それぞれのテーマによる過去の主要作品と、新作とをあわせて展示している。「芸術は精神の冒険」であると川口龍夫は言う。
彼の作品の前で五感を研ぎ澄ませ、想像力を広げて作品を凝視するとき、見る側は、ものに対する新しい認識の仕方に驚かされたり、人間のスケールを超えたはるかなる過去・現在・未来の時間の流れに思いを馳せたり、あるいは生命の不思議に触れることが出来るでしょう。(下の写真 「無関係−立ち枯れのひまわり」1998年)
この企画を立てた近代美術館の学芸員は、企画の段階で、あれだけ偉大なアーティストでありながら、その世界の専門用語を使わず普通の言葉で説明していることに驚きと敬意を持ったと語っていたが、そのことは作品の解説を読むとよく分かる。
それともう一つ。体験コーナーがあり、それは真っ暗闇の小部屋で色鉛筆で自分の好きな絵を描くことで、私も試みた。下の絵が私の描いた「顔」である。目、鼻、口、髭の位置関係はバラバラだけど、全体的には自分のイメージした「顔」になっている。これは新発見だった。
<概要>
名称 「河口龍雄展 言葉・時間・生命」
会場 東京国立近代美術館 千代田区北の丸公園3-1
会期 2009年10月14日(水)〜12月13日(日)
月曜定休 ただし11月23日(月・祝)開館し、翌日24日(火)休館
開館時間 10:00〜17:00 (金曜日は10:00~20:00)
観覧料 一般850円 大学生450円
問合せ 03-5777-8600 ハローダイヤル
主催 東京国立近代美術館
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